御祭神
【主神】
大山咋神(おおやまくいのかみ)
【配祀】
伊邪那美神(いざなみのかみ)
豊受姫神(とようけひめのかみ)
迦具土神(かぐつちのかみ)
保食神(うけもちのかみ)
由緒
日吉神社創立の年月は、適格なる証左(しょうさ)文献を失くし詳(つまびらか)にせざれども、院政の代(平安時代後期・白川・鳥羽・後白河・三条皇が院政を行った頃)、既に本町鎮守産土神(うぶすのかみ)として御鎮座あり。
建暦(けんりゃく)元年(紀元1871年・西暦1211年)本村郷士であった生田四郎兵衛(びょうえ)某が、紀州熊野権現(ごんげん)(伊邪那美神(いざなみのかみ))を勧請(かんじょう)し奉り、生田城守護神として奉斉(いつきまつ)りしが天正の代(紀元2233~2252年)四郎兵衛某、三州長篠奥平家の招到により長篠の合戦に臨むに当たり神威(しんい)を恐(かしこ)み守護神を当社に遷(うつ)し合祀(ごうし)せり。
此の頃より当社を山王宮(さんのうぐう)と奉称、庶民の尊崇篤く、(降りて)明治5年(紀元2532年)日吉神社と改め現在に及ぶ。
文政5年(皇紀2483年) |
石鳥居建立(現在正面) |
嘉永6年3月(皇紀2514年) |
本殿(木造流造高欄付桧皮葺)を再建 |
明治42年2月(皇紀2569年) |
境内神社秋葉社(祭神迦具土神(かぐつちのかみ)稲荷社(祭神保食神(うけもちのかみ))及び
平地鎮座無格社稲荷社、竹下鎮座無格社御鍬社(祭神豊受姫神(とようけひめのかみ))を
それぞれ本社に合わせ祀(まつ)る。 |
大正6年5月(皇紀2577年) |
社務所新築 |
大正13年(皇紀2584年) |
石鳥居建立(東大鳥居) |
昭和29年(皇紀2614年) |
本殿基礎迫り上げ及び大修理 |
昭和34年9月26日(皇紀2619年) |
伊勢湾台風で大鳥居(後補修)渡廊下倒壊又境内山林樹木等多数倒壊大被害出る。 |
昭和39年10月(皇紀2624年) |
社記碑建立、神札納祓殿新築 |
昭和58年9月(皇紀2643年) |
手水舎新築 |
昭和63年10月(皇紀2648年) |
従前の社務所を取り壊し新築し併せて社守住宅・物置を新築し境内を整備す。 |
平成2年11月(皇紀2650年) |
平成御大典大賞祭記念境内内玉垣建設291柱設立 |
平成3年5月(皇紀2652年) |
拝殿床下主要材取替、濡縁板取替、渡廊下板取替 |
平成6年10月(皇紀2654年) |
神饌所新築、社務所北宮斎室増設 |
平成7年10月(皇紀2655年) |
従前のトイレ取壊し、鉄筋コンクリート建築(水洗トイレ) |
平成10年10月(皇紀2658年) |
雨天演芸場新築(鉄骨) |
文政5年(皇紀2483年)
石鳥居建立(現在正面)
嘉永6年3月(皇紀2514年)
本殿(木造流造高欄付桧皮葺)を再建
明治42年2月(皇紀2569年)
境内神社秋葉社(祭神迦具土神(かぐつちのかみ)稲荷社(祭神保食神(うけもちのかみ))及び平地鎮座無格社稲荷社、竹下鎮座無格社御鍬社(祭神豊受姫神(とようけひめのかみ))をそれぞれ本社に合わせ祀(まつ)る。
大正6年5月(皇紀2577年)
社務所新築
大正13年(皇紀2584年)
石鳥居建立(東大鳥居)
昭和29年(皇紀2614年)
本殿基礎迫り上げ及び大修理
昭和34年9月26日(皇紀2619年)
伊勢湾台風で大鳥居(後補修)渡廊下倒壊又境内山林樹木等多数倒壊大被害出る。
昭和39年10月(皇紀2624年)
社記碑建立、神札納祓殿新築
昭和58年9月(皇紀2643年)
手水舎新築
昭和63年10月(皇紀2648年)
従前の社務所を取り壊し新築し併せて社守住宅・物置を新築し境内を整備す。
平成2年11月(皇紀2650年)
平成御大典大賞祭記念境内内玉垣建設291柱設立
平成3年5月(皇紀2652年)
拝殿床下主要材取替、濡縁板取替、渡廊下板取替
平成6年10月(皇紀2654年)
神饌所新築、社務所北宮斎室増設
平成7年10月(皇紀2655年)
従前のトイレ取壊し、鉄筋コンクリート建築(水洗トイレ)
平成10年10月(皇紀2658年)
雨天演芸場新築(鉄骨) |